21/10/31

昇段試験の思い出(続き)

前回は、「これで白帯のまま3年生になることが確定したわけだ」などと思って落ち込んでいたところ、なにやら招集がかかったというところまで書いた。呼ばれたのは自分を含めて3人で、どうやら敗者復活戦みたいなことをするらしい。先輩から、「たまに、2勝を挙げた選手同士が試合をして、勝ったヤツが昇段するというボーナスステージが実施されることがある」と聞いていたので、これのことなんだなと思った。

招集された3人で総当たり戦をするということだったが、昇段の条件として2勝しなければならないのか、あるいは1勝だけでもいいのか、そのあたりの説明はなかった。いずれにしても、とにかく勝てばいいだけのことだ。ついさっきまで、「白帯の3年生が部長だなんて、カッコ悪すぎて死にたくなる」なんてことを考えていたから、この思いがけないボーナスステージは本当にありがたい。

最初の相手は、自分と同じくらいの体格のイケメン君だった。組んでみると、それほどの強さは感じない。これなら勝てそうだなと思って技をかけていくと、背負い投げでポイントを取ることができた。ここからさらに攻めて一本を取りにいってもいいのだけれど、思わぬ返し技をくらったりしたらまずいので、ポイントを取った後は安全運転に切り替えてタイムアップを待った。これで、まずは1勝。

次の相手は、180センチを超えていそうな大きなヤツだった。見た目は田舎のヤンキー丸出しで、街中で遭遇したら絶対に目を合わせたくないようなタイプだ。このヤンキー君が、試合前からやたらとにらみつけてきて、開始線に立つとさらにすごい表情でにらみつけてくる。内心では、「うわ、勘弁してくれよ」と思いながらも、当時は自分もバカだったので(いまもバカだけれど)、目を逸らしたら負けだと思ってヤンキー君の視線を受け止めた。

圧倒的な体格差なので、心の中ではかなりビビっていたのだけれど、いざ組んでみると、力こそ強いもののスキだらけだ。一発目にかけた背負い投げでいきなりポイントを取った。ヤンキー君は、相撲でいうところの「ソップ型」なので重心が高く、体格で劣る自分にとっては下から潜り込んで技をかけやすい。イケメン君との試合では、ポイントを取った後は安全運転に切り替えたけれど、ヤンキー君との対戦ではさらに攻めていくことにした。いきなりにらみつけられたので、ちょっと頭にきていたのだ。

結局一本は取れなかったけれど、3回くらい畳に転がしてやった。簡単に一本負けするよりも、自分より小さな相手に何度も畳に転がされるほうが屈辱的だろうから、言葉は悪いけれど「ざまあみろ」と思った。というか、この実力でよく2勝もできたものだと思った。おそらく、体格にまかせてグイグイと押し込み、技にもならない技で強引に相手を押し倒してポイントを取るという柔道なのだろう。初心者にはその戦法でも勝てるかもしれないけれど、経験者には通用しない。

その後にイケメン君とヤンキー君の試合があったので、観戦することにした。どちらも「よくこれで2勝もできたな」と感じるくらいの実力だけれど、おそらくイケメン君が勝つだろうと思った。試合前にやっぱりヤンキー君がイケメン君をにらみつけ、イケメン君もやっぱりにらみかえしていたので、ちょっと笑った。試合はかなりグダグダな感じで進んでいき、これはこのまま引き分けかなと思っていたところ、試合終盤にイケメン君がポイントを取ってそのまま勝った。ヤンキー君弱すぎ。

ということで、ボーナスステージで2勝を挙げた自分は、なんとか黒帯になることができた。というか、イケメン君かヤンキー君のグループだったら、余裕で黒帯になっていたと思う。それはともかく、後で聞いた話では、なんとヤンキー君も昇段したらしい。なんでも、ヤンキー君の高校の体育教師がゴリ押ししたということだ。ヤンキー君は3年生で、卒業前になんとしても黒帯を取らせたかったらしい。

いや、黒帯になりたければ高校を卒業してからまた昇段試験にチャレンジすればいいだけのことだ。黒帯になっておけば就職に有利になるとでも考えたのだろうか。どうでもいいけれど、ヤンキー君が昇段したということは、ヤンキー君に勝ったイケメン君も当然昇段しただろうから、自分を含めた全員が昇段したことになる。だったら、わざわざボーナスステージを設けることもないだろうに。とんだ茶番に付き合わされたものだ。

とはいえ、ヤンキー君のおかげで自分が昇段できたことも事実だ。それはそうなのだけれど、やっぱりモヤモヤする。当時の昇段規定は、「4戦して3勝以上なら即昇段、2勝だったら、次の試験で2勝以上すれば昇段」というものだった。自分の場合、この規定はキッチリとクリアしているけれど、ヤンキー君は6試合でたったの2勝しかしていないのに黒帯になったのだ。それまで散々苦労してきた自分とすれば、どうしてもモヤモヤしてしまう。

それはともかく、これでようやく黒帯になれたわけなので、自分も黒帯を作ろうかと思った。昇段試験に合格すると、高校の近くにあるスポーツ用品店で黒帯を注文するのが恒例行事になっていた。帯に金色の糸で自分の名前を刺繍してもらうのだ。黒地に金というのが映えて、とにかくカッコいい。同級生や後輩が昇段して新品の黒帯を締める姿がうらやましくてしかたなかった。

なので、自分も名前入りの黒帯を作ろうかと思ったけれど、いまさら新品の黒帯を締めるのもなんだか恥ずかしいし、それなりにお金もかかるしで、部室にあっただれの名前も入っていない黒帯を締めることにした。ただ、その黒帯の主はかなり体格がよかったみたいで、ウエストの細い自分が締めると長すぎて、なんともカッコ悪くて貧相な感じだった。けれど、黒帯を締めるというのは、なんともいえない格別な感じがあった。ということで、なんだかんだ言いながら、ヤンキー君には感謝している。



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