18/12/02

傍聴メモより

新居に引越してきてせっかく裁判所への距離が近くなったのだからということで、久しぶりに千葉地裁に行ってきた。去年の12月28日以来のことなので、約1年ぶりの訪問ということになる。驚いたことに、入り口で手荷物検査をしているではないか。5人くらいのシルバー世代の男女が警備員の制服を着て立っている様子は、かなりものものしい。



リュックの中身をひととおりチェックされ、ポケットの中からカギを取り出して金属探知機のゲートをくぐり、ようやく入館を許可された。いつからこんなにものものしいことになったのか訊いてみると、今年の2月からという答えが返ってきた。千葉地裁だけでなく、他県の地裁でも同じような時期に手荷物検査のチェックを始めたということだ。

まあ、危ないものを持ち込んで法廷内で暴れるような危ないヤツがいないとも限らないので、手荷物チェック自体は悪いことではないと思うけれど、これほどものものしい感じでやる必要があるのか、ちょっと疑問だ。2人もいれば十分だと思うのだが。まあ、シルバーな人たちの雇用を確保するという点では、まったく意味がないとまでは思わないが、税金の無駄遣いだなということは強く感じる。

それはともかく、この日の刑事裁判は絶対数が少ない上にどれもつまらなそうなものばかりで、イマイチ食指が動かない。それでも、せっかく来たのだからと、詐欺事件の裁判を傍聴することにした。被告席には、アラカンと思われる男女が座っている。おそらくは夫婦だろう。傍聴席はけっこう賑わっていて、被告と同世代のおばさんグループが何やらヒソヒソ話をしている。きっと、被告夫婦と面識がある人たちなのだろう。

この裁判の審理は午前中から始まっていて、自分は午後からの審理を傍聴したので、最初はどういう事件なのかよくわからなかったが、検察による被告人質問を聞いていくうちに、だいたいの事情が見えてきた。被告夫婦は、千葉県の市原市で病院と老人ホームを経営していて、診療報酬の不正請求の容疑で逮捕・起訴されたということらしい。ちなみに、夫は薬剤師で妻は医者だ。

数年前にも逮捕されたことがあり、それが原因で妻の医師免許が何年間か停止になった。そのときは執行猶予つきの有罪判決を受け、その後病院を再開したけれど、妻が医者として診察を行うことはできないので、新たに医者を採用したのだが、長続きせずに辞めてしまった。困った夫婦は、免許停止中の妻が診療行為を行い、不正に診療報酬を請求していたというのが、おおまかな経緯だ。

病院と老人ホームの経営がうまくいかず、2億円ほどの借金を抱えていたらしい。夫婦には4人の娘がいて、そのうち2人は医者になり、1人は医学部に通う学生だということで、相当偏差値の高い家族らしい。ネットで調べてみたところ、確証はないが、現在は娘が病院の経営を引き継いでいるようだ。きっと、地元では悪評高い病院だろうから、経営を再建するのはものすごく大変だろう。

この裁判では、被告が無罪を主張しているらしく、検察官から質問を受ける被告の歯切れがものすごく悪い。うっかり返事をしてボロを出さないようにしているのか、「XXがあったのはいつ頃のことですか?」みたいな単純な質問でも、「えっと、その件についてはXXさんとの話し合いの上で...」みたいに、質問とは直接関係のない情報から答え始めるので、聞いていてイライラする。

質問をしている検察官もイライラしていたようで、何度も同じような質問をして、狙い通りの答えを被告から引き出そうとするのだが、弁護人が「異議あり、いまの質問はさきほどの質問と同じです」などと異議を唱え、裁判官が、「異議を認めます。検察官は質問を変えるように」と指示したりして、おお、ドラマとかでよく見るシーンじゃないか、などと、ちょっと興奮してみたり。

それにしても、医者がいない状態で診療を行うというのは、だれがどう考えても違法だと思うのだが、被告は「違法ではないと思っていましたし、いまでもそう思っています」などと言うのだから、ちょっとどうかしている。被告の理屈としては、病院を辞めた医師から指示を受けた妻が、補助的な行為として診察を行っていたのだから何も問題はない、ということになるらしい。

いやいや、その理屈だったら、だれでも診察できるということになるだろう。医師の指示を受けさえすればいいという理屈なら、51歳底辺サラリーマンの自分だって、診察できてしまう。薬剤師と医者という頭のいい夫婦なんだから、そんな無茶な理屈が通らないことくらいはわかるだろう。素直に罪を認めて刑を軽くしてもらうべきなのに、頭の悪い理屈を並べて裁判官の心証を悪くしてどうする。

ただ、病院経営というのも何かと大変なんだろうとは思う。医者を採用する際には、1,500万円という年俸で合意したということで、病院経営では、人件費をはじめとしてかなりの経費がかかるのだろう。でも、勤務医でもこれくらいの年収は稼げるというのは、ちょっとした衝撃だった。都内の病院ならともかく、市原市みたいな田舎の病院でも、医者というだけでこれほど稼げるというのは、やっぱりすごいことだ。

数年前に逮捕された事件では、懲役3年、執行猶予5年という有罪判決が出たらしい。この判決が出たのが2015年なので、現在はまだ執行猶予中ということになる。なので、今回の裁判で有罪判決が出されれば、実刑になることは間違いない。そうした事情があって、無理やりな理屈で無罪を主張しているのだろうが、だれがどう見ても犯罪には間違いないので、塀の中で反省する以外にはないだろう。

ただ、被告夫婦の気持ちも理解できる。2億円も負債があるということは、あちこち金策に走り回っただろうし、辞めてしまった医者の穴を埋めようと、新しい医者を必死に探したりもしただろう。医学部に通う娘のこともあるから、いまは絶対に病院を閉めるわけにはいかない。そんなことばかりを毎日考えて、絶望的な気持ちになることもあったのではないかと思う。だから、かわいそうだなという気持ちもけっこうある。



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