18/02/04

機械翻訳の脅威

去年の12月くらいだったと思うが、松屋の朝定食に付いてくる焼き海苔が思い切りサイズダウンされたことに気付いた。それはもう衝撃的なくらいのサイズダウンで、それまではけっこう幅の広い海苔だったのに、一気に半分くらいの幅になってしまったのだ。枚数は4枚なので、それは変わっていなのだけれど、幅が半分になったということで、実質的に海苔の量が半分になったということになる。



海苔の値段が上がっているというニュースを聞いたような覚えがあるので、おそらくはその影響だろう。しかし、いくら海苔の価格が高騰しているとしても、朝定食で出される海苔1袋の原価なんて10円もしないだろう。今回のサイズダウンにしても、せいぜい数円程度のコストカットにしかならないと思うが、こういう薄利多売の商売では、その数円が重要になってくるのだろう。

薄利多売といえば、翻訳業界も同じだ。クライアントとは、1ワードあたりの単価を設定して契約する。しかも、少数1桁まで細かく設定するわけだから、相当にセコイ業界であることは間違いない。ただ、単価がわずか0.1円違うだけでも、全体的な処理量が大きい場合は、トータルでかなりの差が出てくる。松屋の海苔のことをセコイなんて笑っていられる立場ではないのだ。

そんなセコイ翻訳業界では、さらに作業の効率化を図るべく、機械翻訳を利用している会社が多い。自分の会社でも、最近になって機械翻訳を積極的に利用するようにとのお達しがあったので、気が進まないながらもGoogle翻訳を利用しているのだが、初めて機械翻訳の訳文を見たときには、その精度の高さに驚いてしまった。けっこうな長さの文章でも、まったく手を入れる必要のない訳文がときどき表示されるのだ。

わずか数年前までは、機械翻訳なんてまったくお話にならないくらいのレベルで、「これなら、自分が現役でいる間は、食いっぱぐれることはなさそうだな」なんて高を括っていたのだが、どうやら雲行きが怪しくなってきた。調べてみたところ、ここ1〜2年で機械翻訳のロジックが根本的に変わったらしく、そのおかげで精度が劇的に向上したようだ。

もちろん、まったく日本語になっていない訳文が表示されることもよくあって、そんなときには、「まあそうだよね、この文章は機械には訳せないよね」などと、意地悪く心の中でほくそ笑むという、あまり健全ではない精神構造になってしまうわけだけれど、レベルの低い翻訳者が訳した文章よりもよほどうまいんじゃないかと思うような訳文もあったりするのは事実だ。

英語とはまったく文法構造が異なる日本語でさえ、その精度の高さに驚くくらいだから、文法構造が似ているドイツ語やフランス語なんて、ほとんど手直しの必要がない訳文ができるんじゃないだろうか。海外の翻訳業界の事情はよくわからないけれど、英語を母語に翻訳しているヨーロッパの翻訳者は、これから非常に大きな影響を受けるのではないかと思う。いや、すでに影響を受けているのかもしれない。

劇的に精度が上がった機械翻訳を利用すれば、生産性が上がるのは間違いないけれど、ちょっと心配なのが、誤訳が増えるのではないかということだ。一見まともそうに見える訳文が表示されると、ついそれに引きずられてしまい、よく考えないままに訳文を確定してしまうケースが増えるのではないだろうか。

特に、前後の文脈を深く考えず、目の前の訳文だけを「横のものを縦にしてみますた」というレベルの低い翻訳者の場合に、こうしたケースが頻発しそうな気がする。何もヒントがない状態で訳す場合は、とりあえず自分の頭で考えようとするから、エラーが起こりにくいと言えるわけだけれど、一見まともそうに見えるヒントが提示されると、喜んでそれに飛びついてしまうというのが困る。

ということで、これから機械翻訳が果たす役割は、どんどん大きくなっていくだろう。数年後には、現在の翻訳者という役割はなくなり、単に機械翻訳の手直しをするだけ、という人しか存在しなくなっているのかもしれない。そう考えると、なんだかため息が出る。先行きの暗い業界だということは以前から思っていたけれど、こうなるとお先真っ暗という気がする。

たとえば、翻訳業界全体の市場規模が変化しないまま、機械翻訳のおかげで生産性が3割上がったとすると、全体の3割の翻訳者が失業するという計算になる。間違っても、機械翻訳のおかげで翻訳業界の規模が大きくなって、翻訳者の仕事が増える、なんていうことにはならない。この年齢で別の業種に転職するわけにもいかないから、なんとか残りの7割に残れるように努力するしかないのだろう。



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